文化芸術の花咲いわたり 美ら島おきなわ文化祭2022 第37回国民文化祭・第22回全国障害者芸術・文化祭
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インタビュー企画「ちゅらばな」

県立博物館・美術館館長 田名真之

田名 真之

 

1950年、沖縄県生まれ。

那覇市市民文化部歴史資料室室長、沖縄県立芸術大学教授、沖縄国際大学総合文化学部教授を経て、
現在は沖縄県立博物館・美術館館長を務める。

 

主な著作に、『県史47 沖縄県の歴史』(山川出版社、2004年)共著、

『図説 琉球王国』(河出書房新社、1993年)共編。

 

 

 

「沖縄の物語は沖縄だけで完結しない」

 

-沖縄の歴史の特徴、魅力を教えてください。

 

 

一番の特徴は、「琉球国」という国をつくっていたことです。日本の中で、地方分権のようなものはあったけれども、国として、王様もいて、中国や諸外国とつきあいがあったという歴史をもっているのは沖縄しかないですよね。

言葉や文化など、基層的なところは日本文化だけれど、琉球王国という国を作って、中国や韓国、東南アジアなどの国々とお付き合いをしていくようになるなかで、元々もっていた日本文化の上に、多様な文化が入ってくるようになります。

 

それを取捨選択して、工夫しながら、琉球独自の文化というものを作り上げてきました。

例えば、独立国として国々と交流していく上では、徳川の将軍、薩摩のお殿様、中国の皇帝に献上品をもっていく必要がありました。

琉球は貿易国だったので外国からいろいろな物が入ってきます。

 

しかし、日本との交流もある中国への献上品としては、日本のもの、日本的なものは期待されていなかった。

逆もそうです。

琉球は別の王国であることが期待されていて、それを演出しなければいけませんでした。そこから、独自のものづくり文化が発達しました。諸外国の素材や技術、文化を吸収し、その上で琉球独自の染色技術や模様を確立していった。紅型や琉球漆器の螺鈿細工などはこのような背景で生み出されています。

 

 

そのほか、歓迎のための舞踊や料理、琉歌なども発展しました。

外国の進んだ学問、文化を取り入れて、学んでいるというところもみせながら、我々は独自の文化をもっていますとアピールする必要がありました。

 

 

例えば、中国音楽を勉強し、日本の歌や踊りもできる。その上で、琉歌や琉球舞踊などを作り上げ、披露していたのです。

小さいけれども一つの国として、恥ずかしくないお付き合いをして国を保っていくために、日本と中国とそして沖縄、という構図を常に意識していたといえます。

沖縄の物語は沖縄だけで完結しません。世界の歴史的な動きの中で、琉球という国は存在していたし、成長を遂げていったのです。

 

 

 

 

 


 

「歴史は常に現代史」

 

-50年後、沖縄の歴史文化がどのように継承されていけたらよいとお考えですか。

 

 

近年、沖縄の歴史文化を考えるための仕掛けがどんどん整備されていますよね。

首里城の建設、そして焼失後、今その復興に向けての取り組みが進められているし、また国立劇場おきなわも整備されている。人材育成のための取り組みも進んでいます。このような体制が今後も順調に進められていけば、50年後も、花を咲かせてつづけてくれるのではないでしょうか。

 

また、歴史は古い過去のことを研究しているように見えるけれど、昔の資料を使ったり、これまでの研究を踏まえたりしながら、今を生きる人間が語っているわけですよね。事実は変わらないけれど、今の時代にとって、その出来事がどういう意味を持つのか、今の人間がどう考えるのか、それによって都度書き換えられていくのが歴史なんです。

 

その点、歴史は常に現代史であると言えます。

若い人たちが先輩の研究をふまえて書き換えていくのは必然。今の人たちが主役なのだと思っています。

 

文化も同様でこれまで受け継がれてきた沖縄の歴史文化を踏まえながら、新しい展開も見せてほしいし、また新しい文化の創造にもチャレンジしてほしいと思います。その方が楽しいですからね。

 

 

 


「これまで知らなかった沖縄に出会える」

 

-美ら島おきなわ文化祭2022の開催にあたり、期待していることやメッセージ等があればお願いします。

 

 

美ら島おきなわ文化祭に参加することによって、これまで知らなかった沖縄に出会えると思います。

沖縄の多面的な魅力ある世界を味わってほしいです。

そして、周りの方々に伝えていってほしいと思います。演じる人も見る人も含めて、みなさんで楽しめる文化祭を期待しています。